「努力でショートスリーパーになれる」という誤解:堀大輔氏の理論と、仕事の適性における自己責任論の危うさ

男性 雑記

「寝る間も惜しんで努力すれば、誰でもショートスリーパーになれる」
「成果が出ないのは、仕事の適性がないのではなく、単純にコミットメントや努力量が足りないからだ」
SNSやビジネスシーン、自己啓発の文脈において、このような言葉を耳にしたことはないでしょうか。

ライブ配信で話題になったショートスリーパー育成協会の「1日30分睡眠」を掲げる堀大輔氏を知っている方も多いと思います。
ある経営者の方が、ショートスリーパーの理論を真に受けて「自分もショートスリーパーになれる」と本気で発言しているのを聞き、強い危機感を感じました。
個人の特性や遺伝子を完全に無視し、「個人の特性を考えず、努力さえすれば何でもできるようになる」という思考は、現代の科学的知見から見ても非常に危ない思考です。
睡眠時間や仕事の適性までもが「すべて個人の努力次第」と言い切るこの風潮は、有害な自己責任論を振りかざす危険性をはらんでいます。

この記事では、こうした極端な主張を入り口に、ショートスリーパーに関する科学的真実、そしてそれが「仕事の適性」をめぐる自己責任論とどのように結びついているのかを解説していきたいと思います。

堀大輔氏の主張と「努力で短眠になれる」という神話

堀大輔氏は、「睡眠時間はトレーニング次第で鍛えることが可能である」と主張してきました。
バーベルを持ち上げる筋トレと同じように、適切な手法と強い意志を持って訓練すれば、多くの人が3時間〜4時間、あるいはそれ以下の睡眠でも十分に活動できるようになると説明をしていました。
このような「やればできる」というメッセージは、自由な時間を増やしたいビジネスパーソンやキャリアアップに燃える人々の心を強く惹きつけます。

ですが、睡眠は筋肉のトレーニングとは根本的にメカニズムが異なります。
人間の脳や身体の回復システムは、個人の「根性」や「努力」で書き換えられるほど単純ではありません。

科学が否定する「ショートスリーパーは後天的に作れる」という誤解

現代の睡眠医学および遺伝子研究において、「真のショートスリーパーは極めて稀な遺伝的体質である」ことが分かっています

  • 遺伝子レベルで決まっている睡眠時間
    極端に短い睡眠時間でも健康を損なわない人々には、特定の遺伝子変異が見られます。
    これらは家系単位で受け継がれる先天的なものであり、後天的な努力や気合いで身につくものではありません。
  • 「訓練による短眠」の正体
    一般の人が睡眠を削って生活できている場合、それは身体がショートスリーパーに適応したのではなく、「慢性的な睡眠不足(睡眠負債)状態に耐えているだけ」に過ぎません。
    人間は睡眠不足が慢性化すると、認知機能の低下に適応してしまい、「自分はこれだけ眠らなくてもやれている」と誤認するようになります。

「仕事の適性」と「睡眠」をめぐる自己責任論の共通点

実は、この「ショートスリーパーは努力でなれる」という思想の根底にある思考回路は、「仕事の適性」を語る際の有害な自己責任論と全く同じ構造をしています。
ビジネスの現場やキャリア論において、次のような言葉がまかり通ることがあります。

「今の仕事で成果が出ないのは、適性がないのではなく、お前の努力が足りないからだ」
「苦手な業務があるのは甘えであり、根性で克服しなければならない」

確かに、ビジネススキルの多くは後天的な努力や経験によって向上させることが可能です。
しかし、人間の認知特性や処理速度、メンタルの耐性には、明確な「個人差」や「向き不向き(適性)」があります。
それらの生物学的・認知的な特性を一切無視し、あらゆる不調やミスマッチを「本人の努力不足」として自己責任論を振りかざす思考には、以下のような大きな弊害があります。

  • 個人の特性(脳の構造や体質)の軽視
    睡眠時間と同様に、脳の構造や特性は一朝一夕の努力で書き換えられるものではありません。
  • バーンアウト(燃え尽き症候群)の量産
    自分の適性に合わない過酷な環境や、身体的に不可能なライフスタイルを「努力」だけで乗り切ろうと強制されることで、多くの人が心身を病んで脱落していきます。
  • 構造的な問題の隠蔽
    本来見直すべき労働環境の悪さや、ミスマッチな人員配置という「組織・構造の課題」が、「本人の努力不足」という個人の問題にすり替えられてしまいます。

まとめ:他人の極端な成功論と「自己責任論」から距離を置く

堀大輔氏のような主張や、それをうのみにした経営者の発言に代表されるように、個人の遺伝的特性や生まれ持った適性を無視した極端な精神論を、そのまま一般化してはなりません。

  • ショートスリーパーは特別な「遺伝的体質」であり、努力で獲得できるものではない
  • 仕事の適性や個人の認知特性にも限界があり、すべてを「努力不足」に還元してはならない
  • 睡眠を削り、自分に合わない環境で無理を続けることは、自己責任ではなく「構造的なリスク」である

十分な睡眠時間を確保し、自身の適性に合った環境で働くことは、怠慢でも逃げでもなく、私たちが持続的にパフォーマンスを発揮するための「絶対条件」です。
他人の極端なライフスタイルや、「個人の特性を無視して努力すれば何でもできる」という呪縛、そしてそれに紐づく自己責任論に惑わされず、科学的な事実とご自身の身体・心の声に耳を傾けた働き方を大切にしていきましょう。

あなたのこれまでのキャリアや日々の業務の中で、「努力でどうにかなる領域」と「個人の特性・適性の壁がある領域」の境界線は、どこにあると感じますか?

この記事の監修者
和泉 大樹(Daiki Izumi)

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